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2012年8月11日

花かんざし(3)

松屋甚兵衛が殺されてから二日後、下っ引らの聞き込みで以上のような事情がわかりました。

その夜、大二郎は亀蔵と、もう一人の配下の目明し喜平次を自宅へ呼んで下手人さがしの段どりを話しあいました。

大二郎は母の八重と二人暮らしです。七年前女房のお志津は赤ん坊を生みましたが、産後の肥立ちがわるく、赤ん坊ともども死んでしまいました。以来、大二郎は独り身を通しています。再婚をすすめられでも応じません。独り身のほうが気楽だし、この世にお志津ほど自分につくしてくれる女がいるとは、いまのところ考えられないのです。

 目明し喜平次は二十六歳。まだ独り身で、神田鍋町の裏長屋で暮しています。亀蔵と反対にひょろ長い体型で、せっかちな性分です。ものご とを早合点してときおりしくじるのがご愛嬌です。

こんども女衒殺しときいて、なにか艶めいた事件だときめこんで張り切っているようです。

「金目あての追剥の仕わざにしては刺し傷が念入りすぎる。甚兵衛に恨みのある者が手にかけたんだろう」

大二郎の見立てに、二人の目明しもうなずきました。

「女衒はワルだってのが通り相場ですからね。騙されたとか、脅されたとか、甚兵衛に恨みを抱く者が大勢いるんでしょうよ」

「佐野屋のおひさに目をつけていた女衒がほかにいたのかもしれませんね。吉原の花魁になれるような上玉なら、五十両や百両の身代金はとれる。甚兵衛を目の敵にする女衒がいてもふしぎじゃありません」

亀蔵も喜平次も、甚兵衛殺しの下手人をしぼりこむのは容易でないと見ていました。

寛政のころ幕府は人身売買を禁制としました。以来、女衒は親から娘を買いとって養女とし、遊女屋へ年季奉公させるようになっています。

江戸の女衒は山女衒(地方の女衒)と組んで貧家の娘を買いあつめ、吉原遊廓や品川、深川などの岡場所へ送りこんでいます。

親に金を貸し、急に返済をせまって窮地に追いこんだり、父親を賭場へさそいこんだり、娘をたぶらかして家出させたり、いろんな手口で遊女をつくりだすのです。殺された松屋甚兵衛も悪業をつんできたにちがいありません。

「亀蔵は女衒の同類どもを洗ってくれ。甚兵衛を消したがっていた輩がいるはずだ」

大二郎がいうと、淡々と亀蔵は引受けました。

「例のひさからも話をきいてくれ。甚兵衛と競りあっていた女衒がいるかもしれぬ」

いわれて亀蔵は、こんどはにやりとしました。

「おひさの調べは旦那じきじきにおやりくだせえ。あの娘は旦那好みだ。向うもまんざらでもなさそうでしたよ」

「図星だよカメ。おれはべっぴんに弱い。流し目一つで調べが甘くなっちまう。その点、おまえなら大丈夫だ」

「どうせあっしにゃ、流し目なんざくれっこありませんからね。わかりました。仕方ねえから引きうけましょう」

もったいぶったが、亀蔵もにやついています。

美しい娘と会うのをいやがる男など、この世にいるわけがありません。

大二郎はつぎに喜平次へ顔を向けました。

「甚兵衛は羽ぶりが良かった。あくどい人買いだったんだろう。痛い目に遭わされた親がきっと何人かはいるはずだ。おまえにはそいつらを洗いだしてもらいたい」

甚兵衛の家へゆけば、彼の口入れした娘たちの親の名と住所がわかるはずです。

親を訪ねて身売りのいきさつを訊きだすのです。ひどい仕打ちをされて甚兵衛を恨んでいる者がいるにちがいありません。そのなかに下手人がいるかもしれない。

「わかりやした。甚兵衛がこの一、二年のうちに手がけた娘の親もとへ下っ引ども聞き取りにやりましょう」

いつもながら喜平次は呑みこみがはやい男です。

亀蔵が危ぶんで、先輩らしくたしなめました。

「しかし、下手人がぺらぺらと甚兵衛の悪口をならべ立てるわけがねえぞ。怪しまれねえように、逆に褒めあげるだろう。褒めるやつほど臭いと思ってかかれよ」

「そのとおりだ。ともかく身売りのいきさつ、金額などをありのまま訊きだすようにしてくれ。悪口にしろ賞讃にしろ、材料は多いほど下手人の目星がつきやすくなる」

追いかけて大二郎はいいきかせます。

打合せがほぼ終ったと察して、母の八重が酒と料理をはこんできてくれました。

二人の岡っ引は大いに恐縮しながら、たちまち一本目の大徳利をカラにしたのです。