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2012年8月12日

花かんざし(4)

二日後の夜、亀蔵と喜平次は、とまどった顔で大二郎宅へ報告にやってきました。

「いや、びっくりしましたぜ。世の中には世間受けの良い女衒なんてものがいるんですね。初めて知りました」

「まったくでさあ。甚兵衛をあしざまにいう親が一人もいねえんです。あの人のおかげで娘は花魁に出世しました、仕送りで楽に暮してますっていう者ばかりなんで」

二人の目明しは目を丸くして語りました。

それによると、松屋甚兵衛は吉原でも指折りの遊女屋のみに出入りしていたようです。

手がけた娘のほとんどが売れっ子の花魁になりました。深川などの岡場所へ小娘を口入れする三流の女衒に歯の立つ人物ではありません。ひさをめぐる競りあいがもとで殺されたという疑いは、成立しそうもなかったのです。

とくに名のある遊女屋で甚兵衛の信用は厚いようです。

「甚兵衛さんには娘っ子を値踏みする秘訣があったようです。あの人が世話した娘は十人のうち七、八人が花魁になります。おかげでうちもずいぶんと儲けさせてもらいました」

玉屋、万字屋、三浦屋など一流の遊女屋が口をそろえていいます。

女衒が遊女屋へつれてゆくのはふつう七、八歳から十二、三歳の女の子です。その子らはまず禿(かむろ)という見習いになり、姉女郎の世話をしながら遊女になるための修行をします。

禿はやがて新造という新米の遊女に格上げされ、姉女郎の世話をしながら自身も客をとるようになります。

ついで花魁に昇格します。だが、客うけの良くない者は最後まで新造にとどまったり、下級の切見世へ落ちていったりするのです。

甚兵衛は小娘を口入れするまえに、かならず廓奉公の心得のあれこれを教えこんでいました。廓で働くのは親のため、家のためといいきかせ、花魁になるのが孝の道と叩きこむので、小娘らは身売りをあまり悲しみません。

自分の世話した娘があまり売れずにいると、甚兵衛はみずからその女の客となって、手とり足とり閏の技をおぼえさせました。客の気を引いたり、焦らしたり、競りあわせたりの手管も仕込んでやります。だから甚兵衛のつれてくる小娘は客の受けが良いのです。

「あっしのほうも甚兵衛をわるくいう者には会いませんでした。娘を売った親がみんな恩に着てるんだから、魂消(たまげ)たものです」

喜平次がひょろ長い体を乗りだして語りました。

この一年近くのうちに、甚兵衛は十五人の小娘を吉原の遊女屋へ口入れしました。

身代金を値切り倒したり、支払いを渋ったりしたことはないようです。親を博打に引きずりこんだり、金を貸して急に取立てたりした話もききません。親もとが困窮したときは遊女屋に掛けあって金を送らせるし、親が病気のときは薬をとどけさせるそうです。

「私の目を信じなされ。娘さんはかならず名高い花魁になり、身分あるおかたに落籍(ひか)されます。そうすりゃおまえさんも楽ができるというもの。どうぞどうぞ安心してこの私に娘さんをおあずけくださいな」

甚兵衛に口説かれると、迷っていた親もしだいにその気になってきます。

妓楼(ぎろう)も口入れ屋も小娘の顔立ちに目がいって、その子が伸びるかどうかはあまり気にしません。それではだめだ。器量はさほどでなくとも、前向きで明るく利発な子が最後はかならず出世します――。甚兵衛の伜の徳之助は、何度も父にそういわれていたようです。

「世の中は広いや。こんな善玉の人買いがいるんですからねえ。人は見かけによらぬといいますが、あっしにいわせりゃ女衒は見かけによりませんよ」

喜平次が感じ入り、亀蔵がたしなめました。

「感心してばかりもいられねえよ。仏のような甚兵衛がなぜ殺されなくちゃならなかったんだ。まさかおまえ、ホシは流しの追剥だっていいやしねえだろうな」

大二郎が話に割って入った。

「―甚兵衛はおひさにご執心だった。だれかに恨まれていたとすれば、やはりそのスジだろうな。おひさの亭主となる市太郎は甚兵衛を嫌っていたんだろう。放っておくとおひさは吉原の遊女になるかもしれないのだから」

大二郎は亀蔵の顔を見て報告をうながしました。

きのう亀蔵はおひさを相生町の自身番へ呼んでいろいろ聞き取りをしたのです。

亀蔵の話では、おひさは何度も甚兵衛に吉原入りをすすめられたが、応じませんでした。死んだ父がきめた許婚(いいなずけ)の市太郎さんを裏切って廓奉公はできません。そういいつづけたとのことです。

「おひさに吉原へいく気はまったくないから、市太郎はべつだん甚兵衛を気にしてなかったみたいです。女衒なんか寄せつけるな、とはおひさにいっていたようですが」

甚兵衛は客として佐野屋へやってきます。邪険にもできず、ひさはお酌に出て甚兵衛の相手をしていました。そのうちしだいに甚兵衛を親切なお人だと思うようになったようです。

甚兵衛が殺されたのでひさは大きな衝撃をうけていました。下手人にはまったく心当たりがないということです。

もちろん市太郎には露ほどの疑いも抱いていません。

「――そうか。しかしどうも納得がいかねえな。断られてばかりなのに甚兵衛はどうして佐野屋に通いつづけたんだい。商売抜きで惚れていたんだろうか」

喜平次が亀蔵の話をさえぎって訊きました。

[そうだと思うぜ。あれだけのべっぴんだから、さすがの甚兵衛もグラリときたんだろう]

亀蔵が目尻をさげて答えました。

すっかりひさが気に入ったようです。年齢はとっても美女に目のないのは若い衆と変わりありません。

「そうかな。女衒というのはそんな甘い稼業じゃないぞ。なにか裏がありそうだな。おひさはたぶん隠しごとをしているよ。話がどうもきれいすぎる」

大二郎は異を唱えました。

「そうですかねえ。ここはやっぱり旦那の出番ですよ。

あっしは旦那以上にべっぴんに弱いかもしれねえ。おひさに会ってよくわかりました」

一転して亀蔵は弱気になります。

「あっしを調べの立会人にしてくだせえ。そのべっぴんの顔を一目拝んでみてえんです」

喜平次が申し出ましたが、大二郎は笑ってかぶりをふりました。

「立会人は要らぬ。おひさが用心してものをいわなくなるからな。なんとか油断させて本音を引きだそうって魂胆なのだ」

がっかりして喜平次は引きさがりました。