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2011年5月20日 2:08 PM

迷信家

5月16日に愛犬ベベ3世が亡くなりました。享年13歳。牝のビーグル犬です。この2年間体が弱り、一キロの散歩に一時間もかかる有様でした。 かってはわたしの伴走犬としてほとんど毎日5キロを走っていたのです。最後は肺がん。お漏らしもせず、嘔吐もせずまことに品のよい最期でした。
ベ ベ3世は名のとおり3代目です。1世、2世が死んだときはただ悲しく哀れだったけど、今回はわたしが年取ったせいで悲しみよりも重い衝撃をうけました。 「そろそろ人生終わりですよ。準備よろしいか」犬にと言われた心地です。じっさいこの2~3年友人知人の訃報があいついで、わたしは南方の島で米軍に包囲 された守備隊の兵士になった心地です。砲爆撃にさらされ、飢えと病気に苦しみ、仲間が昨日は一人、今日も一人と死んでゆく。愛犬までが息絶えた。老後のそ なえが万全で呑気に暮らしているお年寄りも多いのだろうが、わたしのように「宵越しの金をもたぬ」高齢者にとって、老年期はまさに戦場なのです。
わたしは妻と二人暮らし。およそ30年にわたってビーグル犬と同居してきました。生き物が同じ屋根の下にいると、なんとなく華やいだ活気を感じます。それが消えると夫婦喧嘩したわけでもないのに、家の中が冷え冷えとします。ものを思わざるを得ない。
「アベさん、すぐに次の犬を飼いなさい。死んだ犬にとらわれるとウツになるよ」
何 人もの知人にいわれました。じっさい愛犬を亡くして鬱病になった人を何人か知っています。だが、夫婦ともに70代となってはそう簡単に仔犬は飼えない。わ たしたち夫婦がが他界したあとの身のふりかたをしっかり考えてやる必要があります。今度の震災で飼い主とはぐれた犬を飼ってもよいのだが、被災地が遠すぎ て引き取るすべがわからない。
ベベ1世はわたしの仕事が多忙になりだしたころ、日南海岸沿いの山地で害虫にやられて5歳で死にました。当時わたしは腰痛など体調不良に悩んでいたのですが、一世の死後ケロリと健康になりました。
「そうか、ベベが病気をもっていってくれたんだ」わたしは解釈しました。犬との付き合いに理屈は無用。犬と仲良くすると合理主義は後退し迷信家になります。わたしは深い感謝の念をもってベベ1世を偲ぶようになりました。
2 代目のベベは妹分のチビと一緒に育てました。わたしの仕事の脂が乗った時期で、よく遊びよく稼ぎました。ベベ2世とチビはわたしに幸運を運んでくれた犬だ と思って可愛がりました。二匹をつれて万博公園の運動場をジョギングするのが日課で、走りながら振り返ると二匹がまるで茶、黒、白の三色のサッカーボール のように飛び跳ねて追ってくるのでした。幸せな記憶です。
13~4年前に2世とチビが死に、やってきたのがベベ3世です。おそろし く元気な犬で、一度ジョギングの途中ガンバ大阪の選手を乗せた車に衝突し、死んだかと思ったら平気な顔で車の下から這い出してきてわたしを狂喜させたもの です。いたずらもひどくて靴や家具を齧るのはまだしも書斎に侵入して本を齧るのにはマイりました。
ちょうど出版不況が深刻になりわたしの稼ぎがわるくなった時期です。「こいつが家へきてからおれは落ち目になったぞ。貧乏犬だな」
べべ3世のいたずらに腹を立ててわたしはいったことがあり、「そんなこというと犬にはわかるのよ」と妻にたしなめられました。じっさいそのときベベ3世はしょんぼりとして丸くなり、あわててわたしはヨシヨシとあごをなでてやったものです。
高齢化と世間の活字離れのせいでここ数年小説家としてわたしは苦戦を強いられています。ベベ3世に死なれたのはさびしいが、わたしの内部の迷信家が「ベベが不景気を背負っていってくれたよ」と悪魔のささやきでわたしを力づけるのです。ベベにはわるいけどそれを信じたい。
老 年期には冷徹な現実直視よりも、迷信による力づけが必要なときがあります。ロト6を買いつづければいつかは当るとか、身だしなみを良くしていれば老いらく の片思いが叶うとか、我慢してもっていれば持ち株がいつかは高騰するとか、はたからみればアホな話で人間けっこう元気づくのです。
ベベがわが家から不景気を運んでいってくれた。もう一花咲かせてみせる。。そう信じてわたしは新しい作品に着手しました。