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2013年1月1日 4:42 AM

迷走老人、初詣をサボる

例年なら大晦日、除夜の鐘をきいてから初詣に出かけました。文学の神、水無瀬神宮に妻の運転でお参りしたのです。
でも、今年はサボりました。寒いし面倒だし何よりも混雑がイヤで出不精をきめこんだのです。
5~6年前までは水無瀬神宮はガラ空きでした。境内の焚き火を十人ぐらいの人が囲んでいるだけで社務所も手持ち無沙汰をかこっていました。お参りし、お守りを買い、焚き火にあたって、往復1時間程度で帰宅できたのです。
ところが近年は参拝客が多く、境内に長い行列ができて拝殿にたどり着くまで1時間近くかかります。昨年は夜店まで数軒出る始末。考えるだけで風邪を引きそうで、今年は遠慮することにしたのです。
なんでこんなに混み合うのか。近くにマンション街でもできたのか、あるいはテレビドラマの舞台になったのかと思って電話で訊いてみたところ、
「さあ、なんででっしゃろなあ。理由はわかりません」
という返事した。
じつは何年か前わたしは水無瀬神宮に祀られている後鳥羽上皇についてなにか秘話がないか、神主に話ををききにいったことがあります。だが、期待外れでした。神主氏は素人のわたし程度の知識しかなく、明らかに迷惑そうでした。だから混雑の理由がわからないといわれても、わたしはさほど意外ではなかったのです。
初詣をやめたのは、ここ数年ろくなことがなかったせいもあります。ことしは講談社から本が一冊出ただけ。それもたいして売れませんでした。お参りしてもなんのご利益もないと思わざるを得なかったのです。ましてあの人混みでは神様もわたしをおぼえていないでしょう。
以前からそんな不信感はありました。でもサボるともっとわるいことが起こりそうで、
しぶしぶ出かけていたのです。どうか驚異的な小説が書けますようにと祈りました。だが、願いの通じた形跡はありません。
お祈りしてもムダだとわたしの分別は制止します。でも前述の通りサボると更なる衰退に見舞われそうで、今日まで初詣を欠かさなかったのです。
このあたりの心理は大昔の人々に似ています。
鎌倉時代、密教の祈祷の目的は息災、増益、敬愛、降伏の4種類でした。息災は健康と泰平、増益は金儲け、敬愛は相手との和合、降伏は祈祷者が降伏するのでなく相手が屈服すること、つまり呪詛なのです。
降伏の祈祷は後醍醐天皇がさかんに僧侶に行わせ、自分でも実行しました。鎌倉幕府打倒が天皇の願いだったのです。当時の人は呪詛による殺人が可能だと信じていました。相手を呪い殺した実績によって僧侶は出世したのです。祈祷と夢のお告げは自分の欲望を満たす有力な手段でした。
初詣についての自分自身の態度をかえりみると、祈っておけば良いことがあると半分、いや三分の二程度は期待していたのです。多くの人がそんな心理で初詣に出掛けるのでしょう。ノーベル賞の山中教授といえども、みんなと同じように吉田神社にでも行くのではないでしょうか。
つまり現代人も鎌倉時代とそんなに変わっていないのです。息災、増益、敬愛、降伏となると、現代人の願望も当時と大差ありません。IT時代といわれながら、神殿の前で手をあわせ、
「神様どうぞ入社試験にうかりますように」
などと祈って肩の荷を下ろした気分になるのはだれもが同じです。
人間は弱いものです。不合理と知りながら超自然の力を想定し、それに頼らずにはいられません。水無瀬神宮の盛況を見ると、祈祷の種は鎌倉時代よりもむしろ多様になっているのではないでしょうか。
大晦日の初詣はやめてわたしはNHkのEテレでクラシック音楽を堪能しました。まず恒例のベートーヴェンの第九に感動し、故グレン、グールド(ピアノ)とギドン、クレーメル(ヴァイオリン)らの共演するゴールドベルク変奏曲(バッハ)にしびれました。オネゲルのオペラ「ジャンヌ、ダルク」に驚嘆し、チャイコフスキーの第4交響曲に若い頃の記憶をよみがえらせました。「らららクラシック」はこま切れが多いと文句をいっていたけど、今日のように約4時間も時間があると、多彩な演目がうれしくなります。
ベートーヴェンの第九のおかげでアイデアを掴みました。世渡りのための余計なコートを脱ぎ捨てて山頂に立つイメージをさそう人生讃歌の「合唱」から、目下書きつつある楠木正成のキャラクターが決定したのです。迷いに迷ったすえきめました。石原慎太郎氏が暴走老人なら、わたしは迷走老人でした。
例年なら初詣のために落ち着いてクラシックを聴けなかったけど、今回は思わぬ儲けものをしました。だが、サボった天罰がくだるのではないかというかすかな恐怖はまだ消えずに残っています。