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2011年7月24日 2:27 PM

退き際の美学

21日(木曜日)引退した大関魁皇に関連して書こうとしたら突然39度近い高熱に襲われ、原因不明のままダウンしてしまいました。
 翌日病院へいったけど、はっきり診断がつかず、とりあえず夏風邪の対応で様子をみることになりました。すでに頻尿はあったのですがまさか泌尿器系の故障とは思わず、帰宅して医学書で調べてやっと目星がつきました。
 23日北千里のくろだ医院で診察を受け急性前立腺炎とわがって抗生物質を服用、熱がさがって気力を回復しました。この病気は体内の細菌によって前立腺が炎症を起こすのだそうで、でとくに夏場、高齢者に多いとのこと。高齢者は注意しましょう。
 さて大関魁皇ですが、通算1046勝の記録を打ち立てての引退でした。今年なって大相撲の八百長体質が明るみに出て新記録も眉唾の感が否めませんが、本人も記録を目標に頑張ったと思うし、大関、横綱に日本人がいなくなるのを憂えて魁皇を声援する人も多かった。
だ が、奮闘する魁皇の姿にはわれわれ日本人の抱く「退き際の美学」を踏みにじるものもありました。ここ数年魁皇は優勝争いに絡んだことがなく、カド番カド番 の繰り返しを8勝7敗や9勝6敗でしのいできたことが多かった。場所後半の優勝争いたけなわのとき、上位の取組の間に魁皇の出番がくると場内はシラけ、テ レビ桟敷のわたしたちはトイレに立ったものです。
 「まだやるのかね魁皇は。師匠がなんにもいわんのかね」
 「あの男、大関の権威をなんと心得ているのかね。ここらが潮時と告げてやれない師匠がわるい」
  そんな声をしばしば耳にしました。パッと咲いてサッと散る桜花を愛する日本人の感性を逆なでしていたのです。さきに引退した千代大海もそうでした。横綱、 大関に対してわたしたちは無意識のうちに格式を求めるので、なりふり構わぬ生き残りの努力に冷ややかな目を向けてしまうのかもしれません。
 ともかくわたしはここ数年の魁皇の姿に【頑張っているなあ」という畏敬の念と「いい加減消えてくれ」という負の感情の双方を抱き
しだいに後者が強くなってきました。同じ思いにかられたのは前記の千代大海、野球人では野村克也、、晩年になって大リーグに挑戦した江夏豊、清原和博などです。現役の前田智徳、金本知憲などはファン畏敬の念と負の感情がプラスマイナス0の地点に立っていて
不振がつづくと熱烈なファンでないがぎり、「そろそろ引け」思いをかきたてる存在になるでしょう。
  退き際といえば四面楚歌のなかで地位、権力の維持に執念を燃やす菅直人首相がすぐに思い浮かびます。マニフェスト無視で人気をうしない、東日本大震災から の復興を自分の使命と位置づけて延命をはたしました。その後も議員たちの解散恐怖症につけこんで不信任案を否決に持ち込み、脱原発、ストレステスト、再生 エネルギー法などをぶちあげて任期一杯いすわとうとしている。【退き際の美学」など歯牙にもかけない厚顔振りを見習ってこんご日本人の身の処し方はますま すなりふりかまわぬものになるでしょう。
 破綻した人格としか思えぬ菅首相についてはいずれゆっくり分析をこころみます。相撲取りや野球選手にくらべて国民に何百万倍、何千万倍もの責任を負うべき首相の座にこれ以上の居座りをゆるしては国がほろびかねない。
 【退き際の美」をいうなら、おまえはいつまで文士を続ける気なのだ。読者がほとんどいなくなった現在まだ小説書きにこだわるのは見苦しいぞ」
 そんな声がきこえなす。だが、前記の大物たちに比べたら年老いた文士の社会的責任など高の知れたもの。粘りぬいても菅総理のように総スカンは食うわけがないと思うので、勉強をつづけるつもり。
「退 き際の美学」は武士道と同様安定期の武家社会に発した価値観だとわたしは思います。武士は当主が引退しても息子には以前と同じ俸禄が出ました。当主は権力 の座にしがみつくことなく安心して家禄をゆずれる。わたしをふくめて現代は当主が死ねばどこからも俸禄など出ないからがつがつせざるを得ないのです。日本 はますます変わってゆきますなあ。