mv

2013年1月8日 5:08 AM

野蛮人の弁天さん参り

大晦日、恒例の初詣をサボったので、1月4日に近くの弁天さん(冥応寺)へ出かけました。同寺は広大な山を境内にしています。坂道や樹林が多く、犬をつれて散歩するには好適なコースなのですが、残念ながら「犬の散歩禁止」の標識が立ち、わたしは使っていません。
本殿のわきに高さ100めートルもありそうな尖塔がそびえていて、PL教の寺院に似た雰囲気です。本尊が祀られたのは比較的新しいらしいのですが、女性の信者が多くていつもかなり賑わっています。とくに夏の花火大会は有名で、当日は付近の道路が車で渋滞します。この点もPL教に似ているようです。
わたしは例年水無瀬神宮に初詣をしてきました。京都、大阪の中間点よりもやや京都寄りにある文学の神様です。ところがさっぱりご利益がないので、ことしは元日早朝の初詣をやめ、家で酒を飲みながら除夜の鐘をききました。
ところがサボると気になるのです。災厄に襲われそうな気がします。「これまでご利益はなかったけど、初詣をしたのであの程度の沈滞で済んだ。サボるとテキ面にバチが当たるのではないか」という気になります。
それは妻も同じだとみえ、4日にお参りすることになりました。車で坂道をのぼり、本殿へたどり着き、合掌して3度お辞儀をするという独特の礼拝法でお参りしたのです。もちろん説明書を読みながらです。
その後おみくじを引きました。一枚100円。ひらいてみると「凶」でした。わたしはこんなとき、せめて「小吉」を引くまでもう一枚引きます。今回もそうしました。するとまたまた「凶」だったのです。じつにイヤな気分でした。初詣の宗旨替えをしたバチが当ったような気分でした。妻のほうは「中吉」というまあまあの結果でした。
熱くなってもう一枚引く愚行は思いとどまりました。そのままきびすを返したのです。
しかし不愉快で仕方がありません。トシもトシだし、なにか大病に襲われるのではないか。いやな予感にかられて帰途につきました。
おみくじなど本気にするなんて、まるで古代人ではないか。自分に言い聞かせたが、気分はよくなりません。なるほどおれは古代人なのだ、とそのとき合点しました。
いちおう私は現代人。それも知識階級に属しているつもりです。だが、実態は教養、知識の殻をかぶった野蛮人にすぎないのです。
いまわたしは鎌倉時代の勉強をしています。当時の人が祈祷やら夢見やらを重視するのにあきれていました。たとえば後醍醐天皇が幕府の手から逃れて笠置城へこもるうち、ある晩霊夢を見たのです。
場所は御所の庭。大きな木があって緑の葉が茂っています。とくに南へのびた枝が勢い良く育っています。周囲には貴族たちが参列しているが、上座には高く畳が積んであるだけで座る者はいません。
「誰のための座なのかな」
天皇がふしぎに思っていると、童子が二人あらわれて
「天皇の座はあれでございます。しばらくあそこにお座りください」
といって姿を消しました。
天皇はそこで目がさめて、
「木に南は楠だ。楠木という者はおらぬか」
と側近に訊かれました。かくて楠木正成が笠置城へ招かれたというわけです。
そんなアホな。わたしたちは思います。夢見で人事がきまるなんて現代ならあり得ないことです。しかし文明の利器が何一つなかった当時、夢は神のお告げでした。それしか指針が得られなかったのです。
考えてみると、わたしも似たようなものです。ほんのわずか科学知識があるだけで、実体はほとんど本能で動いています。パソコンなど使いながら、おみくじの御託宣が気になります。パソコンを使えるけど、その構造は知らず、食事をし、眠り、動きまわり、エッチなことを考えます。文明の利器を使えるだけで実体は鎌倉時代人そのものなのです。
現代でも神社などのお祭りは人気があります。古代人、野蛮人の血が刺戟されるのです。祭り太鼓を打っている若者の姿は古代人、野蛮人そのものです。弁天さんではお百度参りの女性が多数いるし、除夜の鐘、初詣も昔ながらの習慣です。老いた親の介護をし、会社に忠勤をはげみ、亡くなるとお葬式。わたしたちは古いのです。流行の服をきて車を運転し、ワインを飲み、ディナーを食べても、それは甲冑に身を固め、馬に乗り、正月にはお屠蘇と雑煮を楽しむのとさほど変りはありません。便利になっただけなのです。
弁天さんで「凶」を2つもらった帰り、わたしたちはこんな会話をしました。
「考えてみるとマイナス掛けるマイナスはプラスやな。逆に吉兆かもしれんぞ」
「そうよ。めったにないことやからね。逆転して大吉になるかもしれない」
夫婦とも野蛮人、古代人です。マイナス掛けるマイナスはプラスなどという屁理屈を考えだすところが進歩の証しかもしれません。