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2013年12月24日 7:49 PM

陛下、長生きしとくなはれ

12月23日は天皇誕生日。天皇は80歳になられました。テレビでお姿を拝見して「年をとられたなあ」と感慨に深いものがありました。
わたしも同じ昭和8年生れ。この9月に80になったばかりです。わたしは今年、私生活においてろくなことがなかったので、あと1週間で年が変わるのを楽しみにしていますが、陛下はどうだったのでしょう。良い年でなかったとすれば、ほんの1週間で年が変わるのだからめでたいことです。今年が良い年だったとすれば、たった1週間で年の変わるのを残念に思われるのかもしれません。いずれにしろ、8の倍数は不幸だなどといわれています。次の誕生日を無事にお迎えになるよう心からお祈りします。いや、陛下には同年の親しみをこめて「長生きしとくなはれ」といいたいのです。
天皇といえば昭和天皇が思いだされます。わたしたち昭和一桁以上の者は戦争中、国のため天皇陛下のため戦場で死ぬのが日本男子の勤めと教えられました。日本兵は重傷を負って死ぬ間際「天皇陛下万歳」と叫んで亡くなるとされたものです。わたしも小学生のころは海軍兵学校へすすむつもりでした。そのうち特攻作戦が始まり、戦果が報じられるようになって、特攻こそわが人生目標と信じたものです。
現御神(あきつみかみ)である天皇に生命をささげようと本気で思っていました。天皇は遠い存在でした。テレビなんかなかったから、たまに写真でお姿を見るだけで、現在よりもずっと神秘的な存在でした。
ところが敗戦。終戦の詔勅を読む天皇の声がラジオで流れ、なにか人間離れした、甲高い声だという気がしました。もっと重々しい貫録のある声を勝手に予期していたのです。なんだか拍子抜けの気分でした。
さらに天皇は人間宣言をされ、マッカーサー元帥とならんで撮った写真が新聞に掲載されました。堂々たる貫録の元帥に比べて天皇はい かにも貧弱でおどおどした印象で、わたしたちは戦争に負けた現実を思い知ったものです。もちろんHQが日本国民の天皇崇拝、神格化 の迷妄から醒ますためにあんな写真を掲載させたのです。

写真を見てわたしたちは落胆しました。こんな情けない人物を神と敬い、彼のために命をすてるのが責務だと思っていたのか。日本という国はなんと程度の低い野蛮国なのかと絶望したのです。
天皇はその後破壊された工場などの見学に回られ、係員の説明をうけて、高い声で「あ、そう」「あ、そう」と相槌を打っておられました。映像なしだからその声は印象に残ります。わたしたち中学生は自虐的にその真似をして、なにかというと
「あ、そう」「あ、そう」と返事して笑いあったものです。
でも、行く先々で天皇が一般の国民から以前と変わらぬ歓迎を受けるのを見て、なにか割り切れぬ思いでした。国民はアホか偽善者ばかりという印象でした。わたしたち中学生はこれ以上騙されてはならんと気を引き締めて、さらに天皇不信を深めたものです。
そんな具合で中学生の間では、天皇を貶めるのが流行しました。「天ちゃん」などと中学の先生もいっていたのです。
ところが東京裁判で天皇の戦争責任が云々されたとき、わたしは天皇が処刑される場面を想像しようとして、脳みそをしぼったのでしが、ついにできませんでした。そんな想像をするだけで気が変になってしまいそうな恐怖を感じたのです。天皇はわたしたちが思っていたような浅薄な存在ではない、日本人の心の底にに染みついた、根源的な尊敬の対象だという気がしました。軽蔑しようとしてもしきれないというべきか。
天皇軽視の念が消えたのは、日本が順調に復興してわたしたちの生活が向上し、世の偉い人たちが天皇にむかしと同様の敬意を払うようになったからです。天皇は「永生中立」の象徴として、むかしとは違う形で敬意を払われるれるようになりました。わたしもいくらか歴史を勉強して、アメリカの占領政策によってつくられた天皇像を改めるに至りました。
日本の天皇は中国や欧州の皇帝とは異質です。それらの国では君主による独裁制が敷かれ、君主が失政すると革命が起って王朝が交代しました。

とこ ろが日本の天皇はいまが125代目。約1500年ほど一つの血統のもと延々とつづいているのです。これはなぜか。天皇が政治権力をもたずにきたからです。わたしがベンキョウしたかぎりでは、つぎのような事情です。

日本の天皇は代々、神祇官と太政官に支えられてきました。神祇官は信仰を司り、太政官は行政を司ります。代々の天皇は政治は太政官 にまかせて神祇に力を注いできたのです。

そこが中国や欧州の君主と違う点です。それらの国では君主が独裁制で人民を支配しましたが、失敗すると暴動が起こって新王朝の時代になりました。その新王朝も独裁を敷き、盛りがすぎると交代させられたのです。
日本では 国民の幸福のため神仏に祈りをささげることが天皇の主務でした。しかし現代では神に祈ったところで現実の諸問題は解決しま せん。そこに戦後の皇室無用論の根拠があります。だから、今上陛下は伝統的な皇室の神祇や祭礼を維持されるかたわら、皇室典範にもとずいて現代なりの天皇業務に従事しておられるようです。

年間20件もの伝統的な宮中祭祇を執行なさるほか、200回の各種行事に出席され、外国の賓客の接待に当たられます。署名押印する 書類は年間1000件におよぶらしい。ものすごい激務です。権威はあるが権力には縁がありません。長い伝統に沿った天皇道を歩んでおられるわけです。ただし、若いころの天皇は中国や欧州の歴史から見て、日本にも革命が起るのではないか、自分は断頭台に立たされるのではないかと無用の心配をされたこともあったようです。

天皇や上皇が政治権力を手にする、あるいは権力を渇望すると、ろくなことが起こりません。鎌倉時代以降でも承久の変、建武の親政 、やや形は違うけど昭和の大東亜戦争が数えられます。

今上天皇の結婚された昭和34年、わたしは社会へ出たばかりのぺいぺいサラリーマンでした。食うや食わずで日々を送っていました。
そこへ華やかな美智子妃との婚礼です。馬車で皇居へ向かわれる御二人の姿を、わたしは同僚と麻雀をしつつ雀荘のテレビで見ました。
自分たちは食うや食わずなのに、同じ年齢の皇太子は贅沢きわまる結婚式。わたしたちは面白くなかった。
「ふうん。嫁取りかね。美味いもん鱈腹食うて、御世継ぎの製造にはげむのやろな」
「革命が起こったらまっさきに断頭台やで。ゆるせん」
などと罰当たりなことをいったものです。終戦直後の天皇のイメージダウンを狙ったGHQキャンペーンの後遺症が、わたしたちにはありました。生活苦がないことだけで、わたしたちは皇太子に嫉妬羨望していたのです。
その明仁殿下もいまや80歳。だれしも体に異常の出る年齢ですが、天皇陛下は膳立腺ガンや肺炎などで手術をうけられて健康体とはいえないようです。ものすごいストレスにさらされる日常のせいです。その体で公務に励まれる姿は崇高そのものだとわたしは思います。
同い年のジジイとしてご自愛とご長寿を心からお祈りいたします。今夜は一杯やって天長節の歌を歌うつもりです。(漢字は未チェック)
今日のよき日は大君の 生まれたまいしよき日なり、
今日のよき日は御光の 差し出たまいしよき日なり
光あまねき君が代を  祝えもろ人もろともに
恵みあまねき君が代を 祝えもろ人もろともに
追加
「クリスマスケーキは要らん。だれか紅白の饅頭もってこい」