mv

2012年5月31日 3:12 PM

風邪でもないのに咳がでる。黄砂で日本は滅ぶのか

   旅行の疲れなのか、咳と熱になやまされて三日ほどダウンしました。病院で検査したけど別に厄介な病気ではないようです。
 この気候の良い時期に風邪かとうんざりして大阪市街のほうを見たら、風景がどんより濁っています。濃霧が立ちこめたように見通しがききません。
 ハタと思い当たりました。偏西風に乗って中国の黄砂が日本へ吹き寄せています。わたしの咳もそのためではないかと。
  そういえば妻もその友達にも最近目やのどの具合が変だったり、頭が痒かっりする人が多いということです。黄砂になにか有害物質がふくまれているのではない か。だとすればエライことです。中国には原発が何十基も建設されるから、一度事故が発生すると日本はたちまち汚染される、脱原発は無意味だという説があり ますが、事態はもう進行しているのかもしれません。 
 もしそうだとしても個人ではどうにもなりません。いや国をあげて抗議して も、更には哀願しても向こうがその気にならぬかぎり事態に変化はあり得ないのです。日本は滅びるか属国になるしかないのかもしれません。でも、そんな科学 的裏付けのない妄想にとらわれても仕方ないので、とりあえず風邪薬を飲んで静養したわけです。
 横になって大いに読書する気でし た。ところが体調不良だと週刊誌を読むのも億劫です。仕方なくぼんやりテレビを見てすごしました。ニュース関連と野球中継以外テレビはあまり見ないけど、 今回はお笑い番組の類まで抵抗なく眺めてしまいました。批判力がなくなったのに気づき、あらためて活字と映像の違いがよくわかりました。
  脳の働きからいうと読書は能動的、テレビは受動的です。活字に向かい合うとき私たちは想像力や判断力、意志力などを動員して本の内容を理解、吸収しなけれ ばならないけど、テレビはそんな必要はありません。映像と音声がわたしたちを組み伏せて、無力にしてなにかを伝達します。わたしたちの側からいうと「読 む」よりもテレビを「視る」ほうがずっと楽なのです。体が弱って本が読めなくともテレビは見られます。
 現代人は平均すると本より もテレビに接する時間のほうが長いようです。活字時代よりもはるかに多くの情報に接して視野がひらけた反面、想像力、判断力、意志力などを駆使する機会が へって人格が未成熟になっています。思いやり、忍耐、抑制などが不得手な人格をわたしたちはほうぼうで接するようになりました。
  パソコンや携帯の時代に入ってこの傾向は加速されました。信じられないほど世の中が便利になった一方で、わたしたちには理解不能の事故を引き起こしたり、 犯罪をやらかしたりする者が増えています。それほどでなくとも、むやみと自己中心だったり、自閉的だったり、生活保護の不正受給を恥と思ったりしない人間 に唖然とすることが多いのです。
 このような現代社会の憂うべき側面を各方面から追求する本がいくつも出ています。脳化学の分野の 岡田尊司著[脳内汚染」などはその代表例です。でもこれらの論議は決して世論の主流にはなりません。どころか主犯であるゲームソフトの業界は隆盛をきわめ ています。東京電力、経産省、原子力安全保安委員会、原子力委員会による原子力ムラに似た巨大な既得権層が存在するのでしょう。現代社会は利益のあがる方 向へ動きます。利益イコール正義という価値観で万事が進行するのです。黄砂に有害物質がまじっていても、それが中国にとって利益であるかぎり、先方は斟酌 しないでしょう。
 体調が良くないととかく考えが悲観的になります。空が曇ると竜巻を連想していまう具合です。久しぶりで短編小説の依頼がきたから、なにかうんとオモロイものを工夫して書くつもり。