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2013年8月13日 3:21 PM

8月11日はタン、ドゥン記念日

8月11日はわたしの大きな記念日になりました。中国人の作曲家タン、ドゥンの「女書」をNHKの「クラシック音楽館」で聴いたのです。中国人についてもっとよく知らねばならぬと生まれて初めて思いました。
最初新聞のテレビ番組欄で、「作曲指揮タン、ドゥン 世界初演」の文字を見たとき、わたしは二重にうんざりしました。また小難しい 現代音楽か、それも作曲指揮が中国人か、と思ったのです。ふつうなら聴かずにパスするところですが、巨人広島戦の中継が終ったので、 やむなくEテレにチャンネルを切り替えました。
タン、ドゥンの作品の1曲目が終りかけていました。マリンバ協奏曲だったようです。
指揮者を見て、中国人らしくないなとわたし思いました。日本人に近い感じがしたのです。かたわらにいた妻も「ノーベル賞の山中教授みたいな人ね」といっていました。研究や創作に人生をかけてきた人特有の集中力と気品がにじみ出た風貌でした。
タン、ドゥン(漢字では譚盾)作の2曲目「女書」は湖南地方に古くから伝わる女の一生の身の処し方についての民謡、心得書きを素材とした管弦楽でした。中心はハープ。楽節の中心となる素朴な民謡が流れると、それを歌う老婆や女性の顔がスクリーンに映し出される新機軸もふくまれていました。民謡はどれも短く、それをうけて管弦楽が多様な変奏で曲をもりあげます。単一の楽器の変奏から小規模の合奏による変奏まで、それぞれの楽器の個性が良く出ていて、曲も演奏もとても自由な雰囲気です。石を叩きつけ合ったり、ボウルに張った水を板で叩いたりする音も使われていました。ハーモニー重視、統一感重視の従来の音楽にくらべて個々の楽器がきわめて自由にふるまい、しかも全体としてゆったりした統一感が守られています。西洋音楽の技法によるまぎれもない中国の音楽がそこにありました。
わたしは感激してテレビに見惚れました。中国の最良の作曲家、日本の最良のオーケストラ、しかも作曲者自身の指揮による世界初演。 3つの要素が重なり合った見事な演奏会でした。
しみじみわたしは感慨に浸りました。新聞のテレビ番組欄でタン、ドゥンの名を見たときわたしはまず現代音楽であること、ついで作曲と指揮が中国人であることにうんざりしました。わたしのような素人には、多くの現代音楽は大掛かりな判じ物にきこえます。感情を揺さぶられるよりも、きき馴れなれない音の構築物をつきつけられ、

「どうや、わかるか,わかったら聴け」と命じられたた思いがします。

「女書」はまさに現代音楽だが、根に ある中国の農民女性の喜怒哀楽がストレートに伝わってきました。あれは日本の農村女性にも欧米の農民女性にも共通のものなのでしょう 。

もう一つ、わたしの中国人観は子供のころ培われた「支那、チャンコロ」に根差しています。支那軍は日本軍の数倍、数十倍の兵力を有しながら日清戦争、満州事変、日中戦争で粉砕されました。アカン支那兵、アカン支那人という既成概念が小学生のころ形成されたし、長 じて中国へ旅行しても、心の底の蔑視は消えませんでした。まして近年尖閣列島での挑発行為や反日運動、中国人観光客の不作法を見るたびに、恐怖心と裏返しの嫌悪の念にかられていたのです。
タン、ドゥン氏の作品を聴き、指揮ぶりを見るに及んで人と国家は別なのだという当然の事柄を再認識しました。日本は古来中国の影響下にありました。仏教も諸学問も中国から伝来したし、漢字はいまでも日本文の最大要素です。わたしがいま読んでいる{太平記」でも、鎌倉時代の公家や武将がことあるごとに中国の先例をもちだして、行動の判断基準にしていました。
わたしは中国人をもっと知りたい欲求にかられました。いい歳をして、学びたい事柄が次から次に出てきます。とりあえず小学校時代同学年だった梅原郁元京大教授の「皇帝政治と中国」を引っ張りだして再読を始めました。昭和24年に成立した中華人民共和国のみを正統とし数千年つづいた皇帝政治を悪とする当時の風潮を批判して書かれた本ですが、梅原氏の着眼通り、共産主義中国はいまのように意地汚 い国になってしまいました。
こんなわけでわたしは8月11日をわたしの中国研究記念日にしたのです。まあ命あるがぎり本の2~3冊も読めれば上等でしょうが。
タン、ドゥンの二つの作品のあいだにストラヴィンスキーの「火の鳥」が演奏されました。うちの飼い犬のラビがそれまでテレビのそばで熟睡していました。「火の鳥」の(魔王の凶悪な踊り)のドーンというフェルテッシモでラビは仰天して飛び起き、しばらく画面に見入ったのち (子守唄)のくだりでまたすやすやと眠りました。天才犬ではないでしょうか。タン、ドゥンの「女書」のあいだは、またスウスウと平和に眠 っていました。なんだかうれしい夜でした。