mv

2013年10月8日 12:51 AM

80老の目ざめ、バレエっていいなあ

10月6日(日曜)夜、Eテレのクラシック音楽館へ牧阿佐美バレエ団が出演しました。
いやあ、感動しました。バレエというものに初めて共感したと思います。
曲はチャイコフスキーの「白鳥」「くるみ割り人形」「眠りの美女」からお馴染みの名
場面1つずつ、ストラヴィンスキーの「火の鳥」の一場面。いずれも曲は聴き馴れています。
だが、曲に乗って人が舞うのを見るのは、わたしはこれが初めてと云ってよいのです。
ロシアにはむかし2度行ったことがあります。2度ともボリショイ劇場へ足を運んだは
ずですが、なにを見たのか思いだせません。さほど感動しなかったのです。
ところが今回は美しさにしびれ、バレエ鑑賞の勉強を始める決心をしました。
なぜこんなに感動したのか。1つにはテレビで見たからです。N響が背後に居並び、その
前で男女の踊り手の舞う光景が新鮮だったし、踊り手の手足の動きの美、全身のポーズ

の美がTVカメラで細大もらさず捉えられていたからです。ナマで見るよりもずっと克明に

美が写しだされていました。観客席で遠くから見ても、細部はよくわかりません。ボリシ

ョイ劇場の観客席よりもテレビ桟敷のほうがはるかに特等席でした。
もう1つの理由はわたしが年老いて身体能力の衰えを日に日に実感しているからです。ダ

ンベル体操やスクアット、ウオーキングなど空しい抵抗はつづけていますが、どれだけ効

果があるものやら。寝転んでいて起き上がるのさえヤッコラサと一苦労する有様です。

これだけ身体がいうことをきかなくなると、踊り手たちの手足や体の動きの美しさ、ポーズ
の見事さに圧倒されて深く心に残ります。これほどの域にたっするには、どんなにすさまじ

い修練が必要なのか、説明抜きでよくわかります。
年をとるのもマイナスだけではない、バレエの魅力、奥の深さを認識できるのも年の功

だと元気づけられました。現代ふうに云うと「元気をもらった」ということになりますか。
身体能力といえば、世界体操選手権の日本勢の健闘が世の中を沸かせています。個人

総合と平行棒の内村航平、床運動の白井健三、鞍馬の亀山耕平がそれぞれ優勝。何十

年ぶりだかの体操ニッポンの復活なのだそうです。
メキシコ、ミュンヘン、モントリオールの3五輪の金メダリスト塚原光男氏の話によると、
「新しい技を思い描き、できると信じて猛練習すれば実現するのが体操の世界」
だということです。
終戦の翌年わたしは旧制の秋田県立大館中学へ入りました。入学式の日校門をくぐる

と、近くに組立式の鉄棒をもちだして、予科練帰りの体操部の主将が演技していました。

鉄棒を両手で握り、ぐるぐると大車輪をやってみせると、新入生は「うわあ、すごい」と感心

して何人かは体操部に入ったものです。わたしはとてもあんな曲芸がができると思わな

かったので入部しませんでした。塚原氏と凡人の違いなのでしょう。

また塚原氏によると、日本は小学校の体育の時間に鉄棒、跳馬をやらせる世界唯一の

国なのだそうです。最近はトランポリンが普及して体操ニッポンはさらに有望らしい。

トランポリンに関して、オペラ界で有名な話があります。何十年か前、たしか金沢で有名

オペラ団が公演しました。演目はヴェルデイの「アイーダ」だったのです。

このオペラのラストシーンで女主人公アイーダは高い城壁から身を投げて死にます。城壁

の内側のテラスがその場面。アイーダは最後の絶唱をし、城壁の手すりを飛び越えて向う

側に墜落します。

オペラはそれで終り。観客が涙にくれるはずでした。
ところが城壁の向う側には主演のソプラノ歌手の身体を受けとめるためトランポリンがお

いてあったのです。身を投げて死んだはずのアイーダが何度かピョンピョンと城壁の上

まで跳ねあがって、観客は大笑いしたそうです。トランポリンがまだ珍しかった時代の話。

白井健三選手は子供のころからトランポリンに馴染んでいたそうです。日本の若者の身

体能力は無限に伸びてゆくのでしょう。動きの鈍くなった老人はせめてバレエを鑑賞して、

年の功を自慢するするしかないようです。