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2014年7月29日 3:44 AM

いつか見た悪党

何十年ぶりかで文楽の公演を見てきました。歌舞伎の世界を題材にした女流
作家の小説評を書くことになり、、似たような世界を覗いてみたくなったの
です。知人がチケットを安く手配してくれたのも原因でした。
数年前、書道の同門の三味線の師匠が出演する三味線の大会を聴きに文楽劇
場へいったときは、客席はガラガラでした。今回は土曜日のせいもあって
ほぼ満員。数年前橋下知事が文楽の補助金カットを云いだして物議をかもし
たけど、いろいろ裏の話もあったようです。 (さらに…)


2014年7月22日 12:44 AM

ハハ呑気だね

この2年間「新太平記」を書いてきました。もうすぐ湊川の合戦のくだりです。
楠正成、正季兄弟が戦さに敗れ、差し違えて果てるクライマックスです。
ところがわたしの先入観と違ってあの時代、楠木正成の存在が光ったのはほんの
一時期でした。興味をそそるのは後醍醐天皇の建武政権が内紛により崩壊してゆく
過程で、「楠木伝説」が日本政府によってつくられた「忠臣祭り上げ政策」の成果
であることがよくわかりました。なにせ調べれば調べるほど諸説がまかり出て閉口
します。完成までまだ数か月を要するでしょう。 (さらに…)


2014年7月15日 4:08 AM

徘徊したいよ 北新地を

認知症が原因で行方不明になる人が、年間1万人を越えたそうです。徘徊が
なぜ起こるのか、厚生省はこのほど研究班を設けて調査、研究に乗り出すそ
うです。認知症の症状や治療、介護の状況などを調べて来年3月末
までに結果をまとめる予定らしい。
認知症ときくと、高齢者は不安になります。だれにでもある物忘れが最近
ひどくなったような気がするからです。わたしも例にもれないのですが、さ
ほど怖くはありません。なんせ70歳のとき、認知症が進行中とお医者にい
われたことがあるからです。
わたしは50代のころから糖尿病になりました。月に一度検査と投薬のため
現在も近くのH病院へ通っています。70歳の時わたしもそろそろ年齢を意
識し、脳の検査をうけることにしました。認知症よりも脳梗塞が怖かったの
です。
H病院にはMRIの設備がなかったので、阪大病院の近くの専門病院で検査
をうけました。1週間ほどでフィルムがH病院へ届いたのです。
通知をうけてわたしはH病院へゆき、担当の内科医へ結果を訊きました。す
ると、なんだか尋常ではない気配です。
「何かヤバイ点がありましたか」
わたしが訊くと、担当医は重々しくうなずいて、脳の委縮がすすんでいると
いうのです。
「アルツハイマーですか」
仰天してわたしは訊きました。
担当医は答えません。よほど進行しているから答えにくいのだろう。わたし
はそう解釈して目の前が暗くなりました。
「脳の委縮がすすんでいます。脳年齢は80歳くらいです」
やがて担当医はいいました。
80歳の脳。わたしは愕然としました。大作家松本清張氏も80をすぎると
推理小説の辻褄が合わなくなったと編集者からきいていたからです。
わたしはまだ70歳。以後文筆家としてやっていけなくなるのか。絶望に打
ちひしがれて帰宅しました。
事情を告げると妻は半信半疑でした。わたしは覚悟を決める必要にかられま
した。 だんだんボケてくる。なにもわからなくなる。徘徊するかもしれな
い。とんでもなく破廉恥なこと口走ったり実行する恐れもある。痴漢を働い
てニュース二なったりしたら生涯の恥辱だ。気をつけなくては。
心配のたねがつぎつぎに出てきます。しかし、命に別状はないらしいので、
恐怖はさほど深刻ではありません。いま思い出しても妙な具合でした。自分の
内の醜い部分がむきだしになり、社会的信用を失う心配は、生命の恐怖にくら
べてずっと緩やかなものでした。もともと小説家は自分をさらけ出して恥じない

神経をしていますからね。

サラリーマン時代の上司で認知症になった人がいました。一度見舞いにいった
のですが、先方はわたしと会話しながらだれと会っているのかまったくわから
ない様子でした。空しくなって以後見舞いには行かなかったのですが、あんな
ふうに施設にに入って人生の責任がら解放されるのもわるくないな、しかし孤
独でたまらんだろうと思ったりしたのです。
なによりも当時のわたしには仕事があります。いまのところ締切に遅れたりしない
けど、いつボロが出るかわからりません。いまのうち病状を確認しておこう。
わたしは悲壮な決心で、伝手をたどって京大病院の診察をうけました。
その日に結果が出ました。「脳の委縮はあるが、年齢相応で病的ではない。ア
ルツハイマーも脳梗塞も心配なし」とのこと。
いやあ、安堵しました。何十年も獄中にあって冤罪が晴れた人はこんな気持だ
ろうと思いました。もうちょっと病気が進行していたら、小説の良いネタにな
っただろうと思うと惜しいような気がしたものです。
H病院へMRIのフィルムを返しにゆきました。いつもの検査のつもりで担当医に
会いました。すでに誤診の経緯は病院内でし知れわたっていたらしく、担当
医のほうからその話題を出してきました。
「アベさん、わたしアルツハイマーなんていうてませんよ」
べつに責任を追及する気はなかったけど、この台詞には腹が立ちました。
「訊いても返事しなかったじゃないですか。それに萎縮がすすんで80歳の脳だと
たしかにいいましたよ」
担当医は黙ってしまいました。その後彼はH病院を辞めたようです。思いだすと
フクザツな気持になります。
わたしも今や80歳。物忘れはあるけど、そんなにひどくありません。なんとか
ボケずにあと何年かやれそうです。
去年から禁酒を命じられたけど、それまでは酔ってたびたび北新地を徘徊しまし
た。認知症と違うのは、なんとか行方不明にならなかったことです。外泊なんか
したことがないですよ。ホンマに。
ボケるのは困るけど、また徘徊はしてみたいです。酔っぱらって戦争中の唄をう

たいながらうろうろしたい。

徘徊(拝啓)、ご無沙汰しましたが、ボクもますます元気です

上陸以来の今日までの 鉄の兜の弾丸のあと

自慢じゃないが見せたいな
気がついたら自宅の寝室。認知症でないジイサンの徘徊なんて可愛いもんです。