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2016年9月26日 1:12 AM

青いバナナ

週刊誌を買いに発売日にコンビニへ行きます。ついでにちょっとした食物を買います。若いころから夜中に仕事をするので、夜食が必要なのです。店にあればかならず購入するのがバナナ。血圧が少々高めなので、塩分除去のためバナナを食べるようにしています。
 コンビニではいつも黄色の大きめなのを買います。ところが先日週刊誌などを買って帰ると、妻が買い物をしてきて同じようにバナナを買ってきました。小型の青いバナナです。
「バナナは小さいほうが美味しいのよ。青いうちに仕入れて冷蔵庫にしまっておくと、いたまないし」という説明でした。とたんにわたしは小学生のころ覚えた「轟沈の歌」を思い出しました。
   可愛い魚雷と一緒に積んだ
   青いバナナも黄色く熟れた
   男世帯は気ままなものよ
   ヒゲも生えます ヒゲも生えます
   不精ヒゲ
 日本海軍の潜水艦の栄誉を讃える歌です。ちょうどアメリカ空母のレキシントン号がわが潜水艦の魚雷攻撃を食って南太平洋で轟沈した時期で、その模様が少年倶楽部に詳述され、熱狂して読んだものでした。
 艦長が潜望鏡で巨大空母レキシントン号を捕捉し、「狙え、撃て!」と云うところを気がせいて「ねーッ。てッ」と号令したところなんか、いまもよくおぼえています。命中すると、まず魚雷が敵艦に当たる音がカーンと聞こえ、次いで魚雷が爆発する音がズシーンと聞こえます。わが潜水艦は何本か魚雷を積んでいて、うち2本が命中。カーン、カーン,ズシーン、ズシーンと命中音がきこえたわけです。
 あの感激の瞬間をまさか80歳すぎて思い出すとは意外でした。それも「青いバナナ」の一語によってです。
 青いバナナが黄色く熟れたころ食べてみました。たしかに甘くて美味かった。やはりコンビニよりもスーパーのほうがちょっと高い品物を置いておいているいるのかもしれません。
 わたしが小学校へ入る以前、バナナはまだ貴重品でいた。一本丸ごと皮をむいて食べた記憶がないのです。皮をむいて輪切りにし、梨やリンゴのかけらとともに牛乳に浮かせて食べるのが定番だった気がします。
 戦争がひどくなってバナナの輸入も停まりした。でも戦時中なぜか干しバナナの配給があって胸を躍らせてもらいに行ったら、黄色のバナナとは似ても似つかぬひからびたチビバナナなので落胆しました。でも食べてみると微かに甘みと香りがあって救われた思いだったのです。
 たぶんわが輸送船は敵潜水艦に次々に撃沈され、バナナの輸入も止まったのでしょうが、輸送船の乗組員たちは内地の子供にバナナをたべさせたいと思って決死の覚悟で運搬したのでしょう。それを思うともっと違う味がしたのではないでしょうか。 
 今日は「青いバナナ」の一語からわが海軍の健闘ぶりを思い出しました。戦時中の歌はまだまだいくつも覚えています。一つ一つに思い出が出が絡んでいるので、当分ネタには困りません。
 


2016年9月19日 1:29 AM

わが疎開体験

橘玲(たちばなあきら)氏という作家がいます。わたしよりかなり若い1959年生れの人です。経済小説が得意なようですが、最近読んだ「言ってはいけない」と云う本の末尾近くにある「子どもはなぜ親のいうことをきかないのか」というくだりを読んで長年の疑問が解けたような気がしました。橘氏はそこでアメリカの発達心理学者ジュディス.リッチ.ハリスの学説を紹介しているわけですが、わたしが小学生のとき経験した疎開児童の生活を鮮やかに思い出させてくれました。
同時にその意味と、わたしと母親との関係を鮮やかに解明してくれたからです。まったくわたしはいまだに疎開体験の影響を受けているし、母親への愛憎の念の始末に困っていたのです。
 まず母親について書きますが、私の母は世にいう教育ママでしたでした。母の伯父が京都の知事や警視総監をやった人なので、また親中の出世頭だったので、彼を最高の人物としてわたしも見習うように強要しました。東大法学部を出て大蔵省にでも入るのが期待像だったのでしょう。私の父も東大法学部の出で高等文官試験を通っていました。「私は高文を通った人に嫁いだと同級生に云われたものよ」母は後年よくそういっていました。
 ところが父は坊ちゃん育ちで生命力に乏しく、京都の府庁へ入ったけどあまり出世しませんでした。当然期待は長男であるわたしにかかります。小学校時代から厳しく母に指導されました。「夏休みはちゃんと勉強してから遊びに行きなさい」母に言われて毎日昼近くまで勉強させられました。自由な友達が羨ましかったものです。このあたりの心理について橘氏は「ハリスは子育て神話を科学的根拠のないイデオロギーとして退ける」と書いています。親と子供社会の「正義」がぶつかり合うとき、子供は躊躇なく親の正義を捨てて子供社会の正義を取るもののようです。発達心理学ではこのことは膨大な実験結果で証明されているようです。証拠なしで「幼児教育には効果なし」との文言を唱えれば、それは教育ママへの不当な差別だと見なされるのです。でも、この本によってわたしは差別観念とお別れしました。
 わたしは国民学校5年から6年になる時期に父の郷里である秋田県の農村へ疎開しました。学校へ行って余りの京都との違いにガクゼンとしました。わたしは農村の国民学校へただ一人転校した異分子だったのです。今思えば農村の子供より身ぎれいだったし、勉強もできました。珍しいものだから担任の女教師もチヤホヤします。あとでそれが強烈な苛めになって返ってくるとは、初心な女教師にはわからぬことです。
 いやあ、苦労しましたよ。ハリスの説では「人間は社会的な生き物で、群れから排除されてしまえば生きてゆく術がない」と明快に断じています。疎開児童たるわたしはドンビシャリそれに合った状態だったのです。
 どこの社会でも村八分は死刑や流刑に次ぐ重罪なのです。私の疎開先では一対一のつもりで喧嘩したら袋叩きになるのが慣例でした。
 わたしの母は晩年の父がアル中で稼げなくなった代わり、獅子奮迅の活躍でわたしたち6人兄妹を養ってくれました。そのことには十分感謝しているのですが、わたしと世間が対立したときいつも母は世間側に立ちました。私がどんな極悪人になっても母はわたしの味方だろうと信じられるのがただ一つの供養です。だが、教育ママにはもう一つ親しみの念が湧かないのには困ったものです。わが家に子供がいないのは、案外幸せなことだったかもしれません。
 


2016年9月12日 2:40 AM

何を励みに

 9月11日の産経紙にオモロイ短文が載りました。京大霊長類研究所の教授、正高信男氏のエッセイです。霊長類研究所で働いていると、
 「サルと人間の決定的な違いは何なのですか」
と云う質問をしばしば受ける受けるそうです。、
 こんなとき正高氏は、「サルも人間並に複雑な学習をするのだが、何を励みにそれをするかが根本的に異なるのです」と答えるそうです。 
 サルの行動原理は食物や異性の獲得に尽きるのに対し、人間は広く周囲に注目され賞賛されることを目指して頑張る。そこが違うのだというわけです。
 ウーン面白い.サルは人間に近いのだな。私はそんな調子でエッセイを読み飛ばしました。が、引っかかるものを感じて再読しました。
 そして自分のことだと気づいて少々シラけました。人間は広く周囲に注目され、賞賛されることを目指して頑張る、とはほかでもない私自身のことではありませんか。
 わたしは小説家としては遅咲きでした。7回も直木賞の候補に挙げられ、50歳を過ぎてやっと受賞できました。それまでは「周囲に注目され、賞賛されることを目指して頑張る」状態そのものでした。そうか。おれはサルよりも一段上にいるだけの小説家なのか。京大
 霊長類研究所は5~60年前からユニークな研究で著名であり、憧れの念さえ抱いていましたが、まさかサルと同次元で比較されるとは思いませんでした。 
 でも、そういわれて考えれば考えるほど、わたしは注目され賞賛されるために努力してきたのです。数年前から文芸不況の時代になって、わたしなんかすっかり忘れられた小説家になった現在でも、注目と賞賛を得るためにせっせとパソコンに向かっています。かつて売れっ
 子だった時期を80すぎても取り戻そうとシンドイ思いをしているわけです。
 サルは食物と異性を行動原理とし、人間は注目と賞賛を行動原理とする。なるほどその通りなのでしょう。でも考えてみると、行動原理の歪みを抱えているのはわたしだけではないみたいです。専門バカに過ぎない大学教授がテレビのバラエテイ番組に出てチヤホヤされたとたん
本業の研究の質が低下することを正岡氏は指摘しています。まったく注目、賞賛病にわれわれは侵されています。これは人間の性(さが)と云えるほど私たちに沁み通っていて、ここから抜け出すのは不可能に近いらしいのです。オリンピックでメダル獲得数に拘りすぎるのも
同じ症例らしい。こだわりが強い選手ほど本番で力が発揮できないそうで、この辺はわたしたちにも無関係でなさそうです。
 社会的に承認される生活に快感を覚えると、人間は自分をさらに目立つように振舞いたくなるものだそうです。最近は出版業界では何十万部、何百万部のベストセラーのみ注目されるようですが、これは由々しき間違いだと思います。大ベストセラーが出る割に、出版不況が深刻なのはどういうわけか。小説の内容よりも、売り方の問題ではないでしょうか。でも何百万部のベストセラー小説、一度で良いから書いてみたいなあ。