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2016年10月25日 2:47 PM

のり弁.ゆり弁

  昼間のワイドショーを見て、のり弁という語をおぼえました。海苔をメインのおかずにした弁当のこと。いやあ、感心しました。弁当箱に白いメシを盛り、一度フタをしてメシの表面を平らにします。フタをとってメシの平らな面に海苔巻用の大きな海苔を広げて被せます。
 これでのり弁は完成。大して美味くもないだろうけど、高校時代の思い出が絡んでしばらく大笑いしました。 (さらに…)


2016年10月25日 2:33 PM

のり弁.ゆり弁

  のり弁.ゆり弁
 昼間のワイドショーを見て、のり弁という語をおぼえました。海苔をメインのおかずにした弁当のこと。いやあ、感心しました。弁当箱   
 に白いメシを盛り、一度フタをしてメシの表面を平らにします。フタをとってメシの平らな面に海苔巻用の大きな海苔を広げて被せます。
 これでのり弁は完成。大して美味くもないだろうけど、高校時代の思い出が絡んでしばらく大笑いしました。
 ことは東京都の食物市場が築地から豊洲へ引っ越すかどうかの問題。小池氏新知事の追及を受けて都庁の役人の出してきた書類が、ほと
 んどの行(1枚当たり何行の用紙かは知らないけど)を墨で塗りつぶされて判読不能だったことです。多くの人が周知の事件だったはず。
 テレビで見ると、のり弁はじつにケッサクな呼び名で、海苔弁当を真上から撮ったとしか見えないのです
 じつはわたしものり弁をつくらされたことがあります。
 わたしたちは小学6年で終戦を経験し、翌年旧制中学へすすみました。確か2年か3年のとき「戦争中の教科書は使用禁止。しかし新
 教科書が間に合わないので、戦時中の教科書に墨を塗って使うことにする。習字の時間にそれをやる」と先生からいわれました。
 当日習字の時間になると、中学のグラウンドに人垣ができています。わすれていましたが、当時は国民リーグという短命のプロ野球連盟が
 あって、そこの所属球団である大塚アスレチックス、唐崎クラウンズの2チームがわたしたちの中学のグラウンドへ試合をしにきていたの
 です。当時は日本リーグの球団も国民リーグの球団も東京六大学のチームも東北遠征を良くやっていました。東北へ行けば米のメシが食え
 たからです。試合後、腹いっぱいメシが食える点では東北地方が一番でした。
 そんなわけでわたしたち田舎の中学生は一流のプロのプレーには馴染んでいたのです。
 習字の授業が始まりました。いつもと違って「わが連合艦隊は白波を蹴って南進、南進を繰り返しております」などの勇壯な文章を、墨に
 浸した筆で1行ずつ黒く塗りつぶしてゆくのです。
 残念な気がしました。せっかくの連合艦隊の進撃を、黒く塗りつぶすのが何だか口惜しかった。一方ではアスレチックスとクラウンズの試
 合も始まっています。1年でつぶれる連盟ですが、のちに日本リーグへ入った選手もいます。見たくて仕方ありません。
 ついにわたしは老教師が黒板に字を書き込んでいる隙に、窓から外へ飛び出しました。ほかに何名かが同じ脱出行をしたようです。
 わたしは外野席に潜り込んで、思い切り試合を楽しみました。習字の老教師に窓からの脱出行がバレて、点数は落第すれすれだったけど
 都庁ののり弁役人はどんな罰を受けたのでしょうか。
 さて都庁ののり弁に話を戻しますが、この語はあまりに有名になって、いまや面白味に欠けます。小池百合子知事を記念する意味で、ゆり弁
 というのはどうだろうか。小池知事がまた選挙に出ることになれば、応援語になりますぜ。


2016年10月17日 11:52 PM

呪われた文科人間                                           わたしはパソコンの画面に400字詰め原稿用紙を描き出してそこへ1字1字文字を打ち込んでゆきます。もちろん縦書き。むかしは  原稿用紙に鉛筆で書いていました。勢いがあった時分は日に15枚~20枚も書けたのですが、10年ばかり以前パソコンに変えて  からは日に5~6枚に減りました。以来注文も減って稼ぎは激減。もちろん出版社からパソコンに変えろと強制されたわけではなく、  世の変化につれて、書く方式も変えるほうが良さそうだと思ったからです。鉛筆書きが何ともジジむさく思われ、作品もジジむさく  見えそうだと気を回した挙句のことです。  もちろん私の作品が人気薄になったのをパソコンのせいにする気はありません。小説誌の編集部で新人の部員に作家の手書き原稿を  回覧させ、先輩部員が、   「おい、これがナマ原稿ってものだ。よく見ておけ」  と指導した話は耳にしたことがあります。なるほど、時代は変ったのだなあ。きいてわたしは感じ入り、パソコンへの転換に何の疑問  も感じなかったのです。  ところが使ってみるとパソコンは意外に不便でした。書き損なった原稿用紙の始末に困らなくなった代り、うっかりするとせっかく書  いた文章が消えてしまいます。つぎに漢字の処理が厄介です。「舞台となっているのは、財政再建団体に転落寸前の宮城県内の架空  の自治体、緑原町だ」これだけの文章でも、舞台、財政再建団体、転落寸前、宮城県内、架空、自治体、緑原町の七つの漢字(熟語)   があります。多少パソコンに慣れてくると、冒頭の舞台から末尾の緑原町まで一気に平仮名で書き、あとで変換キーを押して必要な  漢字に変えたくなります。ところがそれをやろうとすると、一度書いた平仮名の単語を一々消してまた漢字に変換しなくてはならない。  じつに面倒です。かといって、財政再建団体、に、転落、という具合に漢字にぶつかるたびに一々止まって書いてある平仮名を消し、  改めて平仮名の「読み」を書き込んで、変換のキ―を押さねばならず、物凄く時間がかかります。  変換にしても、例えば「へんかん」の一語には変換、偏官、返還の三通りあって選ぶのに案外手間がかかります。  そのほか普通の場合には縦書き不能、プロバイダーが勝手に出だしの操作法を変える、画面の原稿用紙の映像に書き込む場合、段差が  1文字、2文字勝手に下がったり、原稿用紙の枠から活字がハミ出たりします。パソコンに記憶できる漢字数が限られていて、時代物を  書くときには苦労します。以前にも書いたことだけど、例えば細川顕氏の顕はわたしのパソコンの漢字ストックにないので,覚束ない  手つきでIMEパッドを使う必要があります。  要はパソコンは平仮名、片仮名、漢字の入り混じった日本語の文章には向いていないのです。  奨学2年のときわたしは優等生から外されました。工作の評価が「良下」だったのです。あとの科目が「全優」でも「良下」が1つあれ  ば優等生になれないきまりでした。  私の母は模範的な教育ママでした。なんで長男坊が優等から外れたのか学校へ質問しに行きました。担任の女教師はガリ公だかガリ子だ  かの仇名がある眼鏡の、激痩せのオバサンだったけど、あの「良下」以来わたしは、自分は手先が不器用だと思い決めていたようです。  遺伝から云っても不器用は当てはまらない筈。理系の人々は今後重視されるようだけど、文系人間には向い風が呪いのように吹きつける  ようです。間

  先週、PCの不調でブログ更新が遅れたばかりなのに、今週も擦った揉んだしました。わたしはパソコンやスマホによくよく向いていない人間のようです。
 わたしはパソコンの画面に400字詰め原稿用紙を描き出してそこへ1字1字文字を打ち込んでゆきます。もちろん縦書き。むかしは原稿用紙に鉛筆で書いていました。勢いがあった時分は日に15枚~20枚も書けたのですが、10年ばかり以前パソコンに変えてからは日に5~6枚に減りました。以来注文も減って稼ぎは激減。もちろん出版社からパソコンに変えろと強制されたわけではありません。
 世の変化につれて、書く方式も変えるほうが良さそうだと思ったからです。鉛筆書きが何ともジジむさく思われ、作品もジジむさく見えそうだと気を回した挙句のことです。
 もちろん私の作品が人気薄になったのをパソコンのせいにする気はありません。小説誌の編集部で新人の部員に作家の手書き原稿を回覧させ、先輩部員が、 
 「おい、これがナマ原稿ってものだ。よく見ておけ」
 と指導した話は耳にしたことがあります。なるほど、時代は変ったのだなあ。きいてわたしは感じ入り、パソコンへの転換に何の疑問も感じなかったのです。
 ところが使ってみるとパソコンは意外に不便でした。書き損なった原稿用紙の始末に困らなくなった代り、うっかりするとせっかく書いた文章が操作の誤りで消えてしまいます。
さらに漢字の処理が厄介です。「舞台となっているのは、財政再建団体に転落寸前の宮城県内の架空の自治体、緑原町だ」これだけの文章でも、舞台、財政再建団体、転落寸前、宮城県内、架空、自治体、緑原町の七つの漢字(熟語)があります。多少パソコンに慣れてくると、冒頭の舞台から末尾の緑原町まで一気に平仮名で書き、あとで変換キーを押して必要な漢字に変えたくなります。ところがそれをやろうとすると、一度書いた平仮名の単語を一々消してまた漢字に変換しなくてはならない。
 じつに面倒です。かといって、財政再建団体、に、転落、という具合に漢字にぶつかるたびに一々止まって、書いてある平仮名を消し、改めて平仮名の「読み」を書き込んで、変換のキ―を押さねばならず、物凄く時間がかかります。
 変換にしても、例えば「へんかん」の一語には変換、偏官、返還の三通りあって選ぶのに案外手間がかかります。
 そのほか普通の場合には縦書き不能、プロバイダーが勝手に出だしの操作法を変える、画面の原稿用紙の映像に書き込む場合、段差が1文字、2文字勝手に下がったり、原稿用紙の枠から活字がハミ出たりします。パソコンに記憶できる漢字数は限られていて、時代物を書くときには苦労します。以前にも書いたことだけど、例えば細川顕氏の顕はわたしのパソコンの漢字ストックにないので,覚束ない手つきでIMEパッドを使う必要があります。
 要はパソコンは平仮名、片仮名、漢字の入り混じった日本語の文章には向いていないのです。
 小学2年のときわたしは優等生から外されました。工作の評価が「良下」だったのです。あとの科目が「全優」でも「良下」が1つあれば優等生になれないきまりでした。
 私の母は模範的な教育ママでした。なんで長男坊が優等から外れたのか学校へ質問しに行きました。担任の女教師はガリ公だかガリ子だかの別名がある眼鏡の、激痩せのオバサンだったけど、彼女にもらった「良下」以来、わたしは自分は手先が不器用だと思い決めていたようです。そのうち本物の不器用ジイサンになったというわけ。
 遺伝から云ってもわたしに不器用は当てはまらない筈。理系の人々は今後重視されるようだけど、文系人間には今世紀、向い風が呪いのように吹きつけるようです。