mv

2014年3月4日 1:01 AM

61年目の火事場

3月の声をきくと、風はまだ冷たいのにホッとぬくもりを感じます。
いまはどうか知らないけど、3月3日から5日まで、私たちの時代
は国立1期の大学入試でした。
わたしは秋田から受験に来たから、京都は暖いな、と思いました。
ところが受験生の中には「うう、寒い寒い」といってるやつがいて
「おたく、どちらから」と訊いてみると、「鹿児島から」という返事
でした。日本は広いなあとしみじみ思ったものです。
2日目。解析1の試験でした。問題は4問。うち2問は解けたけど
あとの2問が解けない。呻吟するうち時間は刻々せまります。あと
10分になりました。わたしは一浪なのでもう必死。目途もなにも
立たないまま、下書きなしで答案を書いていったところ、何の奇跡
かポンと答えが出たのです。あとで調べてみるとその問題ができな
ければ落ちていたところです。
「火事場のバカじからってホンマやなあ」
とつくづく思いました。
以来、土壇場になればバカじからが出てなんとかなる、という妙な
自信がつきました。
以来さほどの火事場は経験しなかったのですが、小説家になってか
らはこの自信が大いにモノをいいました。小説の注文には締切があ
ります。締切が明日なのになにも書くことがない、なんてことはし
ょっちゅうです。毎月のように火事場がきます。呻吟するうち、や
がてポンと落ちがきまるというわけです。綱渡りの連続でともかく
45~6年メシを食ってきました。ここ数年はこれという火事場に
めくり会えずにいますが、まだまだバカじからはあるつもりです。
大学入試の61年後、3月3日わたしは京大病院へゆき、神経内科
から無罪放免ではなく所払いになりました。担当の美人女医上田先
生が、わたしの小脳変性は変化がないので定期検査の必要もない、
なにかあったらきてくださいととの診断をされたのです。小脳変性
は治療法がなく、徐々に運動能力が失せていつかは車椅子生活にな
る病気です。
「車椅子になるのを10としてわたしはいま1から10のどの段階
になるのですか」と訊いたところ、
「せいぜい1か2でしょう」
との返事でした。いやあ、ホッとしました。3月のぬくもりが身に
沁みました。
帰宅すると妻が明日は所用で朝から出かけるとのこと。明日の朝食
(といっても昼前)は何を食べるか、自分で考えねばならぬ羽目に
なったのです。
入試のときほどではないが、わたしは考え込みました。
「そうや、カレーがいい。カレーにしよう」
ポンと答えが出ました。
以前呼吸器科の担当医師から「病気の影響だけでなく加齢による免
疫力や体力の低下も勘定にいれなさい」といわれていたのです。そ
れがひょんなとき頭にうかびました。
加齢~カレーライス。61年目の火事場の思案の答えがこれでした。
カレーライスは明治時代、いち早く海軍兵学校がとりいれてわが海
軍の体力増強に貢献したということです。山本五十六も米内光政も
生まれて初めて兵学校の食堂でカレーライスを食べ、世の中にこん
な美味いものがるのかと感激したということです。
カレーライスは中身がすべて溶けて消えた、洗練された味のレスト
ランのソースでなく、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎなどのかたち
をとどめた家庭製のソースが美味いとわたしはつねづね思っていま
す。だが、いまの世の中、レトルト式のしか手にはいりません。
ようし、明日はルーを使って中身のわかるカレーライスに挑戦して
みるか。これぞ加齢ライスではないか。
61年後の3月3日、わたいは熟慮の結果、こんなくだらない解答
を得ました。われながらアホかと思うのです。
明日になればわすれてしまうかもしれないけど、それはそれで認知
症が心配になるので、しばらくはわすれないようにします。
ああ老人には加齢ライス。しかし年をとるといろんなことが気になる
ものです。