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2012年9月16日

猫が鳴いている 【最終回)

示されたとおり、翌朝はやく寺子屋へいってみました。手紙の通り種太郎は縛られて、頭から布の袋をかぶって横になっていたのです。枕もとに五両の紙包みがありました。

種太郎は眠っています。この金をもらって逃げよう。決心して小判をふところにいれ、そっと物置を出ようとしました。

さっきから屋根の上でやかましく猫が鳴いていました。さかりのつく季節でもないのに、狂ったように鳴き立てます。猫と思えない吠えるような声だったのです。

「――仙吉」

あやふやな口ぶりで種太郎が呼びました。

総毛立って仙吉は立ちすくみました。袋をかぶっているのに仙吉だとわかったようです。

種太郎は猿ぐつわをしていません。大声を出す元気もなさそうなので初枝が噛ませなかったのです。

「仙吉。泥棒。仙吉」

また種太郎は呼びました。猫の鳴き声と重なってよくきこえなかったのですが、まちがいなく泥棒呼ばわりしていました。

種太郎を助け、金を夜明け島へとどける――。そんなことは頭に浮かびませんでした。小判五枚の重みと猫の凶暴な鳴き声が、仙吉の分別を押しつぶし、引き裂いたのです。

仙吉は種太郎にとびかかって首を絞めました。しばらくして、種太郎はぐったりとなりました。

仙吉は種太郎の縄をとき、頭から布袋を抜きとって背中におぶいました。人目には眠っている子供をおぶって歩いているとしか見えないだろう。仙吉は寺子屋の門を通って道へ出ました。。

一匹のキジ猫が物置から寺子屋の屋根へ飛び移ってついてきます。種太郎を始末したとき塀のうえにいたキジ猫でした。

神田川に向かって仙吉は歩きました。大八車を引いた八百屋らしい男に出会いましたが、向こうは木にも止めませんでした。

鳴きながらキジ猫は屋根から屋根を伝わってついてきます。吉が堤から万世橋の下へおりると、あきらめたらしく姿を消しました。

雨模様で水嵩の増した神田川へ仙吉は種太郎を投げいれて、合掌してからそこを離れました。

金の入ったふところがずっしりと重い。ひろびろとした前途がひらけているような気分でした。

「猫の祟りでございます。毎晩、真夜中になるとキジ猫の鳴き声がきこえるんです。おかげで眠れなくて。もうくたくたです」

番屋の吟味所で仙吉は泣きだしました。

あれ以来毎晩夢を見るのです。猫のうなり声がきえ、町角から種太郎があらわれてこちらへやってきます。青くなって仙吉は逃げます。だが、どこまでも種太郎はついてくるのです。

酔わないと眠れません。毎晩岡場所へ出かけて五両はあっとまにつかいはたしました。

寝不足つづきでここ数日は呼び込みの声が出ず、一人相撲の演者に叱られてばかりです。まもなくお払い箱になるだろうということです。

罪状が明白なので、仙吉はすぐ牢屋敷送りとなりました。

「人はみんな一筋縄でいかないなあ。同じ人間がときによって仏さまにもなり、鬼にもなる」

夜、大二郎は亀蔵、喜平次と酒を酌みかわしながら感慨にひたりました。いまごろ初枝はどこにいるのでしょう。

第三話 了)